内装の装飾も素晴らしい

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総理大臣が誰をどこの大臣にするか・・・?!と決定するのは、所有しているプライベートな別荘だったりひとりで自宅の書斎で考えたりするでしょうが、東京駅という利便性もあることから、昔から政財界のセレブビリティたちが宿泊していますが、東京ステーションホテルをよく利用していた政界の第55代内閣総理大臣の石橋湛山(いしばしたんざん)は、東京ステーションホテルで組閣決定していたとか。その当時の東京ステーションホテルは、現在よりも客室数も少なかったこともあって政財界といった要人たちが利用していた、名門中の名門で一般人には敷居の高いホテルだったからです。

歴史あるホテルは重みが違う

結婚式を挙げるときにどこで披露宴をしようかな。と候補になるホテルをあげていきますが、最近は外資系ホテルがかなり日本に新しくオープンしているのでペニンシュラやマンダリンオリエンタル、そしてリッツ・カールトンなど気になります。新御三家といわれるホテルはパークハイアット・ウエスティン・椿山荘ですが、やっぱり昔からある御三家も気になります。御三家は帝国ホテル・ニューオータニ・ホテルオークラです。政財界の子女や師弟が披露宴を帝国ホテルでとか耳にしますが、帝国ホテルよりもお高いのが【東京ステーションホテル】なんです。

小さな装飾にも意味がある

東京ステーションホテルは、大型ホテルのように超高層ビルのホテルでもなく客室数が全部で150室のこじんまりとしたホテルですが、日本国の重要文化財に指定されているだけあってホテルそのものにも歴史が満載されています。リニューアルで再現されたドームがありますが、昔あったドーム屋根は戦時中にB-29爆撃機からの焼夷弾爆撃のために吹き飛ばされてしまっています。元々あった形のドームがリニューアルオープンで再現されたわけですが、開業した1915年(大正4年)に開業したときは建物の高さは3階建てのドーム状の屋根付きでした。

ホテル部分の建物を設計したのは、日本銀行本店や奈良ホテルを設計した辰野金吾さんです。現在の東京大学工学部に第一回生として入学した辰野先生は首席で卒業した後にロンドン大学でも学んでいます。とても美しい素晴らしい建物ですが、リニューアルするにあたって歴史があるホテルなだけに、改装したことで妙に歴史が感じられなくなってしまった。というようなケースが海外ホテルでありますが、東京ステーションホテルはそんな心配を吹き飛ばしました。

内装デザインを担当した英国のリッチモンド社ですが、歴史的建造物の修復に関しては折り紙つきでフランスのベルサイユ宮殿にあるトリアノンパレスの修復にも携わっていますが、まさに一流の素晴らしい修復でした。東京ステーションホテルも、ホテルの内部にも歴史的建造物にふさわしく内部はまるで美術館か博物館と見間違うばかりの内装になっています。

大理石のフロアーに使われているのはスペイン産の大理石です。大理石は格子状に帯が入り、センターでクロスしているところに使われているのは真鍮のプレートです。そしてプレートには「クレマチス」という花ですが、この花の花言葉は「旅人の喜び」となっていて南北ドームのレリーフにもなっている。というように、とっても細かい部分の装飾ひとつひとつそれぞれに、意味があり物語があるので小さな装飾をみながら、東京駅の歴史などあわせて振り返る楽しみでもあります。

宴会場

東京ステーションホテルには宴会場が3つありますが、「鳳凰」という名前のホテルの宴会場の中で一番広い宴会場がありますが、ホテルの南北にあるドームを見下ろすように鳳凰のレリーフがあり鳳凰が見守っていることから宴会場の名前につけられています。

一番小さな宴会場は「桐」ですが、伝説の鳥鳳凰は桐の葉にだけしか止まることはしないで、そして桐の葉で目覚めると言われていることから「桐」とネーミングされています。「陽光」という宴会場は、「陽光」という名前にふさわしく宴会場にある縦長の窓から、日が見事にきれいに差し込むこと。そして東京ステーションホテルが開業する前年に東京駅が開業した1914年(大正3年)にその時の宰相は大隈重信でした。大隈重信が東京駅開業の祝辞の中で「この駅が日本の中心として太陽が放射線状に光を解き放つように、全ての中心となって輝き」ということから「陽光」とネーミングされました。

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